昭和 維新 の 歌。 青年日本の歌(昭和維新の歌) 歌詞 鶴田浩二 ※ jonb.org

青年日本の歌(昭和維新の歌)

民族の歌 青年思想研究会会歌 昭和44年12月6日発表 作詞 児玉誉士夫 作曲 古賀政男 歌 藤山一郎 一番 興亡常に定めなく 盛衰それも定めなし 誇りぞ高し日ノ本の 栄えし時は幾歳ぞ 二番 権勢上にはびこりて 暗雲国をおおうとき 民に救いの光なく 世は混乱の闇となる 三番 天にこだまし地をゆする 怒りをこめた民の声 悪政にらむ銃口に 権力の座はくずれたり 四番 昭和維新を目指しつつ 起ちし若人空しくも 事成らず牢獄に 流す悲涙を君知るや 五番 春雪深き山王の 杜にわき立つ鬨の声 栄華の夢にふける身の 肺腑を抉ぐる響きあり 六番 国を憂うる真心を 上に伝うるすべもなく 受けし汚名は反乱の 賊とよばれる名は悲し 七番 代々木原頭声絶えて 従容死につく大丈夫が 「天皇陛下万歳」と 叫んだ願い忘れまい 八番 昭和維新の雄叫びも 夜明けをまたず消え果てて 世は権勢の専横に 明日を開く道もなし 九番 戦火ひとたび雲を裂き 戦雲国を襲うとき 誰か祖国を思わざる 誰か戦火を拒むべき 十番 みじかき命知りながら 乙女の愛も受けずして 祖国の難に赴ける 男児を誰か称えざる 十一番 ガダルカナルや硫黄島 いくさ甲斐なき戦場に 倒れし屍同胞の 声無き声を誰が聞く 十二番 生きて帰らぬ強者が 死地に飛び立つ特攻機 後に続くを信ずると 残せし言葉君知るや 十三番 戦雲はれて敗残の 山河に空しい蝉時雨 敵に降する屈辱の この日を誰が想うべき 十四番 核の威力に勝利せる 勝者が振るうその鞭は 神の裁きにあらずして 敗者を裁く事にあり 十五番 勝者は永遠に勝者かや 敗者は永遠に敗者かや 雲は流れて時は去り 再び仰ぐ国の旗 十六番 民族の血を失いて 国の誇りは今いずこ 悲しかららずやはためける その旗風に旗勢なし 十七番 民族の自負今はなく 今日の栄えとその富は 腐肉に集う者たちの 己を保つ栄光ぞ 十八番 高楼天にそびえ立ち 大道国を貫けど 国を憂いて立ちあがる 我が同胞は幾人ぞ 十九番 赤旗の波叫喚に 国は嵐の中に立つ 誰が祖国を憂えざる 国の未来を憂えざる 二十番 聞け同胞よ若人よ 起て同胞よ若人よ 後に続くを信ずるの かの雄叫びを想起せよ 二十一番 正義のこぶし振り上げて 今ぞ大地の声を聞け 汝の国土守れよと 大地の御霊は応うべし. しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。 一般的に孔明は「前出師表」や文天祥の「正気歌」の影響、更には『三国志演義』によって忠心の塊のような人物だと思われています。 陸軍 1・ドイツ(保有師団数・車両・航空機・経験で圧倒) 2・ソ連(保有師団数・車両・航空機はダントツ) 3・日本(動員中兵力と航空力が優れる。

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しかし屈原は他の国に仕えることをせず、祖国の滅亡の危機を憂いながら洞庭湖畔汨羅の川に身を投げた。

日本語の意味を教えてください。

つまり1番は中国の古事であるが2番から昭和恐慌の現情、3番から権力者達のテロ行為を行う決起の歌詞である。

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新入生、最初の試練だ。 朝朝暮暮、陽台之下」(宋玉「高唐賦」)。

2月26日にちなみ「民族の歌」を

htm >妻をめとらば才たけて みめうるわしく情(なさけ)ある 友をえらばば書を読みて 六分(りくぶ)の侠気(きょうき) 四分の熱 例えば、この詩でしたら、 「妻をめとるとすれば(嫁さんをもらうなら)才たけて(才能があって、賢くって)みめうるわしく(美人で、見かけがよくって)情けある(人情に厚い)タイプがいい. われにダンテの奇才なく バイロン ハイネの熱なきも、 というところは、 「僕にはダンテのような奇特な才能もないし、バイロンやハイネのような情熱だってないけれども・・・」 という意味だと思います。 なぜ、手にしたのか忘れてしまったが、とにかく、その時に、歌集の中に青年日本の歌(昭和維新の歌)が収録されているのを見つけて、大いに驚くと同時に、こんな歌まで収録した歌集を伝えていた我が母校のなんと素晴らしいことか!と思った事を憶えているのだ・・・。

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昭和維新の歌とも呼ばれる。

2月26日にちなみ「民族の歌」を

2017年5月27日時点のよりアーカイブ。 冒頭動画は、だいぶ前私もテレビ放映で観た映画『2・26』のダイジェストに乗せて歌われている『昭和維新の歌』(青年日本の歌)です。 北一輝らの影響を受けて、天皇親政の下での国家改造(昭和維新)を目指した。

とかく後の世の私たちは、その後に起きた大クーデターとこの歌を結びつけがちですが、この歌が作られた時点ではまだ(犬飼毅首相が暗殺された)515事件や(高橋是清蔵相や斎藤實内大臣など政府要人が多数暗殺された)226事件は起きていなかったわけです。 外国で作ったとしても売れなきゃどうしようもないですから。

今『昭和維新の歌(青年日本の歌)』を聴き直す: 今この時&あの日あの時

もっとも、三上卓海軍少尉に関しては、その後を読むと、個人的には、あまり好きになれない人物ではあるのだけれど・・・。 いつものとおり、この歌で歌われていること、226やそこに至る時代的背景など少し掘り下げて見てみたいところですが、今その余裕がありませんので、それは別の機会に譲るとして今回は割愛させていただきます。

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日本歴史の根底を流れているものは、常に青年の情熱と創造的協力精神であります。 しばしばその行動は愚かであったが感情はすばらしかったという部分肯定もみられますけども、それこそ最大の問題点であって、その感情の暴走した先走りがその後の日本の行動を(彼等の思想からすればかなり困った方向へと)拘束した事を鑑みれば、およそ是とすることではないでしょう。

青年日本の歌(昭和維新の歌)と母校の歌集

26事件に連座した青年将校などが歌い継いでいる。 Q ここしかないのでお訊きします。

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ご参考になればうれしいです。